傍目八目

日々の思いをつらつらと

創作・「静かな愛」


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 それほどに激しく強い愛だったのだろうか。さらっとお付き合いして、すすっと結婚したように、いえ、一般的に云われる、すごい恋愛の末に結ばれたご夫婦のようには感じていなかった私は、ただのアホたれだったのでしょうが。
真に愛する、相手を心底愛するとは、非常に静かなものかもしれません。

 

 結婚披露宴に招待して頂き、私はお祝いのスピーチに、私自身のお二人の関係性についての感じかた「さらっとお付き合いして、すすっと結婚される」のフレーズを使ったのですが、新郎さんは、気に入って下さったのか、私のことを、『さらっとさん』と呼ぶようになりました。

 

 それから、つまり、さらっと、すすっとのお二人が結婚されて、約8か月後に、亡くなられました。ご主人が。突然のことでした。

 

 美奈子さんは、お通夜にもお葬式にも、四十九日の法要にも、まるで氷のような表情で、涙一粒見せませんでした。
気丈にふるまっていて、その氷の表情の奥の心情を、なかなかさぐれなかったのですが。

 

 

 今風のテキパキ仕事をこなし、ハキハキとした物言いで、適度に流行を意識したお洒落をする、そのような女性像とは真逆のタイプです。

 あくまでも、おっとり、ゆったり、
誰にたいしても逆らうなどは、決してしない、静かで優しい、それが美奈子さんです。

 

 

 先日、仕事も一息ついて、久しぶりに、美奈子さんのお宅へお線香をあげに伺いました。

 

 菩提寺に遺骨を、まだ納めたくはないと、リビングにおいてありました。

 

モダンな花瓶に、これでもかこれでもかと思うような沢山のゴージャスな花が供えられてあり。最近は遺骨をすぐ納めずに、共にありたいと、家においておく人も増えているとは聞いていましたが。

 

 美奈子さんは、変わらず氷の表情で。そして、私はリビングの殺風景さに、一瞬ぞっとしてしまいました。

 家具が何もないのです。
ふと、キッチンのほうをうかがってみましたが、冷蔵庫や電子レンジなどはあるようですが。
やはり、何かが違います。

 

「えなさん、私、彼といったい何を話して、何をきいていたのかしら。彼がどんなフルーツを好きだったのか、お花は何が好きだったのか、、ちっとも知らない、、」

 

 美奈子さんのご両親は、実家に戻るように再三再四言ってくるそうですが、帰るつもりはないそうです。

 

「美奈子さん、リビングの家具、どうしたの? テレビまでないのね、、実家に戻らないとして、、。
でも、これから、どうやって暮らすの?」

 

 

酷な質問なのは重々承知していますが、社会で働いた経験がない美奈子さんが1人生きるとしても、私としては、あらそうですかと簡単に承知はできるはずもなく。

 

「えなさん、私は生きていたくないの。彼がいない世界なんて、生きていても意味がないの。」

 

ぞっとしました、胃から大腸へ、そのぞっと感は、めぐりました。めぐって昇って、たぶん、生まれて初めてだと思います。私はすがって、泣きました。

 

 「やめて、やめて!  生きていなくちゃ、、私のそばにいて!お願いだから、私のそばにいて!」

 

氷の表情が崩れて、美奈子さんも激しく、それはそれは、おっとりさんの美奈子さんには似合わない激しい泣きかたでした。

 

 小柄な私を、きつくきつく抱きしめながら、

 

「彼はどうして死んだの?
ねえ、えなさん、教えて!!
どうして、彼は死んだの?!」


 思い出の家具は処分した。それは忘れたいからではなく、辛くて辛くて。
ご主人と2人で選んだダイニングセットや応接セット、随分と大きなテレビ、確か、部屋の大きさには不釣り合いのスタンドもあった。イタリア製の応接セットにスペイン製の電気スタンド。

みんな処分したらしい。リビングにあるのは、遺骨をのせたチェストだけ。
低いタイプの北海道民芸家具製とすぐ解る、材質の良いもので。

 


「実家に戻りたくないのね。
あのね、姉がいつも忙しくしてるでしょう、家事が得意の人に手伝ってほしいみたいよ。週に、2回か3回、姉を手伝ってもらえないかな!?」

 

「まあ、、れいなさんのお手伝い?
私でいいのかしら?」

 

「もちろんよ、3人のちびちゃんいるでしょう、、、ね、、美奈子さんのことは姉も、私の家族全員知ってるから、、ね、、きちんとお給料も払わせるわ。」

 

「えなさんに会えるのね、、
お母様にも、、、。生きていたくないなんて言ったら、、お母様は、きっと叱るわね。」

 

氷の表情は消えていた。

 

「私、幸せだった、とっても、彼は優しかった。彼のいない人生なんて考えられなくて。ひとつひとつ、彼との思い出のあるものを、お掃除して、処分して。でも、忘れられないの。どうしても。」

 

 そうよ、そんなに簡単に忘れられるはずがない。亡くなって、半年後、1年後、3年後、その思いはずっとずっと強くなるのではないでしょうか。
優しかった、ただただ優しかったご主人。嫌な部分をひとつも見ることなく、すすっと美奈子さんの視界から消えてしまって。美奈子さんのご主人への愛は、激しくはない代わりに、非常に静かで、ゆるやかに美奈子さんの心をぎゅっとつかんで離さないのでしょう。