しばらくは氷点下の気温が続きそうですが、
昨年の春からこちらで暮らしている人、
それまでは兵庫県にお住いでした、
昨年の秋、10月の末になると、寒い、寒いを御一家全員が口にしていたのですが、先日、偶然お会いしましたら、今日は暖かいですねと。
その日は、少し気温が上り、プラス気温になっていた日ですが、たぶん、寒さに慣れたのでしょう、また、こちらの住居がとても暖かいと言っておられて。
私は、やっと解ってきたのだなと。
冬は確かに気温だけ聞くと寒いのですが、室内は断然暖かいのです。外は真冬で氷点下でも室内は24度ほどはありますから、ビールやアイスクリームも当たり前に。
私は、長い間、東京と札幌を行ったり来たりの暮しだったので、それは強く実感しています。冬に東京に行くと、決まって風邪をひいて帰ってきます。室内が寒いので、乾燥した空気の外に出ると、たちまち、震えがくる。
九州は冬でも暖かいだろうと、温泉旅行に行った友人は、寒くて、寒くて、2度と冬には行かないと言います。つまりは、旅館でもホテルでも、基本的に構造が違うので、北海道の断熱に長けた構造の建物に慣れた人には、寒い、、暖房設備も違うということでしょうか。
高橋たか子さんの本を読みました。
表紙が傷んでいますが、古書を買ったのではなく、我が家にあったもので、誰彼に貸して痛んだのだと思いますが。
「空の果てまで」は、作者とすると最初の長編小説になるはずです。
この作品は昭和48年に新潮社から刊行され、
昭和58年に同じく新潮社から文庫として出版されたものです。
随分古いものですが、、高橋和巳さんの作品を読んでいて、作者そのものに興味がわき、
奥様も書かれていると知り、、。
我が家は、沢山の本がありますので、両親に訊くと、あるはずよとの答えで。
探すと出てきました。
表紙の絵は、麻田浩さんの作品ですね。
読んでいて、苦しくなる作品でした。
人間の憎しみ、憎悪についてがテーマのようで。
主人公は、久緒という素敵な名前の女性ですが、なんとも、憎悪のかたまり。
「私のすぐそばに存在する者は、私は絶対に許せない」
肌を寄せあって、安心するような生き方に対して敵意を抱く。
彼女は友を、夫を、子供を、断ちきり、孤独地獄に生きる。
なんとも恐いお話で。
現代はさかんに、繋がりたい、顔も知らない赤の他人とまで繋がりたいと熱望して、
SNSなども盛んです。
そのようなSNSに熱を入れる人達とは対極の考えであって。
よーく出来た作品ですが、人間の持つ、憎悪という感覚を鮮明に描いた作品ではないかと思います。
ただ、後味は良くない。
息苦しさが残ります。
でも、さすが高橋たか子さん、文章が抜群で、読まされてしまうのです。
文章が上手いとは、このような事なのだと。
長いものでも、ついつい読んでしまう。
今風の本ではないので、空白行などは一切無い、びっしりと字がつまっていますが、読んでしまいます。
女性、男性、どちらも、よくよく自分をみつめてみると、憎悪はあるのかもしれません。
身近な人ではなく、向け方として、政治であったり、教育であったり、環境であったり。
作者はたぶん、それを言いたかったのではと。
良い子ぶって、善人ぶって、、いたとしても、あなた達、きっと、憎悪というものは大なり小なり持っているのよ、、。と。