傍目八目

日々の思いをつらつらと

森茉莉を読む


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午前中は快晴で空は澄みわたる青空、それが、午後になると一転して休みなく大きな綿雪がどさどさ。今日は天気予報が当たった。

 

それにしても、街路樹ですら、雪がのって美しく、数人の観光客がビューティフルと喚声をあげながら、カメラを。

写真は我が家の庭。

 


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早川茉莉さん編集による、森茉莉さんの食に関する文章を集めたもの。

 

明治、大正、昭和と、自由に好きなように、亡くなるまで少女のように生きた森茉莉さんの生き様は、憧れもしながら、それはないなぁとも。

 

だいたい同じ年代を生きた幸田文さんとは、まるで正反対の生き方で。

 

好き嫌いはあるだろうけれど、私はどちらかというと幸田文さんのタイプかなと思う。

 

ともに、立派な父を持ち、ともに溺愛されたのだろうけれど、森鴎外はただ、ただ溺愛。

すると、生活力のない、部屋の整理整頓すらできない娘に育ち、それが森茉莉

また、幸田露伴も娘を溺愛したのだろうが、愛すればこそ、厳しく、一人で生きてゆけるように育てた。それが幸田文

 

どちらが好きかは、好みでしょうが。

 

森茉莉さんは、片付かないゴチャゴチャのアパートでの孤独死だった。亡くなって2日後に発見されている。ただ、本人は最後まで、プライド高く、好きなモノモノに囲まれて、父を思いつつ生きたのだから、幸せだったに違いない。

 

幸田文さんのほうは、背筋をピンと伸ばして、娘を孫を愛でて、毎日、きちんと食事を作り、

倹約して、着るもの1枚も大事にして、ご近所さんと仲良く、生きた。

 

二人に共通しているのは、結婚して、離婚して実家に出戻り、中年を過ぎてから父親の事を書いて、文壇にデビューしたこと。

 

同じ東京に居て、ともに偉大な文豪の娘として、文壇に入り、年頃も同じくらい(幸田文は1904年生まれ、森茉莉1903年生まれ)

で、仲良しになりそうな感じがするけれど、余りそのような記録はないので、何かで会ったとしても、互いに興味はなかったのか。

 

「紅茶と薔薇の日々」は、森茉莉さんの作品には、ピッタリイメージのタイトルで、読んでいると、クッキーの、紅茶の、チョコレートの香りがただよってくる。

 

森茉莉さんは、やはり持って生まれた才能なのか、びっしりつまった文章に目が離せなくなる。写真を見ても洋装が多く、食べるものも明治生まれにしては、洋食が多い。

そこも和食が多い幸田文さんとは真逆。

 

お父さんのことは、パッパ。

チョコレートのことは、チョコレエト。

ビタミンは、ヴィタミン。

ソースは、ソオス。

 

読んでいて楽しい。ビイフステイキと見ると、ビーフステーキよりも、なにやら美味しそうに感じてくる。

 

早川茉莉さんは、森茉莉さんのファンのようで、森茉莉さんに関する作品もまだありそうなので、またみつけたら読みたい。是非、読みたいと思う。耽美的とも云われている文章も、エッセイでは、また別物で。読みやすい。