傍目八目

日々の思いをつらつらと

ハルニレの樹

 


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樹齢100年以上は経っているはずのハルニレの老木。毎年、秋には、冬を越せるかなと心配するのだけれど、、樹木は強い。これだけ年数長く生きているのだから、きっと地中の根はものすごいことになっているのだろう。

 

今年も無事に春を迎えたようで、また、一年頑張って生きてほしい。

 

まるっきり関係ないのだけれど、このハルニレの老木を見ると、高村光太郎の詩が頭に浮かぶ。

いつも、何故なのだろうと自分の記憶をたぐってみるのだけれど、さっぱりで。

きっと、このハルニレの樹の根本に座って、この詩集を読んでいたのではと、、たぶん、

そうに違いないと、、。

 

 

 

 

  「母をおもふ」


夜中に目をさましてかじりついた
あのむつとするふところの中のお乳。

「阿父(おとう)さんと阿母(おかあ)さんとどつちが好き」と
夕暮の背中の上でよくきかれたあの路次口。

鑿(のみ)で怪我をしたおれのうしろから
切火(きりび)をうつて学校へ出してくれたあの朝。

酔ひしれて帰つて来たアトリエに
金釘流(かなくぎりう)のあの手紙が待つてゐた巴里の一夜。

立身出世しないおれをいつまでも信じきり、
自分の一生の望もすてたあの凹(くぼ)んだ眼。

やつとおれのうちの上り段をあがり、
おれの太い腕に抱かれたがつたあの小さなからだ。

さうして今死なうという時の
あの思ひがけない権威ある変貌。

母を思ひ出すとおれは愚にかへり、
人生の底がぬけて
怖いものがなくなる。
どんな事があらうともみんな
死んだ母が知つてるやうな気がする。

 

 

親、とくに自分を産んでくれた母親は、隠していても、黙っていても、我が子のことはお見通しなのだろうなと、強く感じた詩です。

 

智恵子抄」ばかりが有名になっていますが、高村光太郎さんの詩は、良いものが他にも沢山あります。

 

この「母をおもう」の詩も、

[ 思いがけない権威ある変貌 ]  の部分が、

ドキッとしますね。

 

母は強し。そして、どんなことがあろうと、

我が子を思うのが母でしょう。

 


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🍴🏠  🍴🏠  🍴🏠

 


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私が作った夕食、、メインの品より家族に好評だった炒めもの。

 

こってり味噌味にしたのが受けたみたい。

大根、ピーマン、茄子、豚バラ肉。

全て、ざっくり切って。

 

砂糖、ニンニク、生姜、味噌、豆瓣醤で味付け。

 

今日は良い天気でした。

明日も良さそうで。

 

天気が良いだけで、気分がウキウキするのは、長い冬が終わりそうだからでしょうね。