傍目八目

日々の思いをつらつらと

永瀬清子さんの詩


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決まりではないのですが、雪まつりが終わると、雛人形を飾ります。

 

おかしなもので、部屋の中に雛人形があると、キーンと苛立って帰宅したとしても、

人形のすっとした顔を見るにつけ、気持ちが穏やかになるのですね。

飾りモノが好きではないのですが、インテリアとして、絵を考える時も、とがった絵ではなく、心穏やかになるような絵を飾るのは精神面でも良いことなのだなぁと改めて思います。

 


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永瀬清子さんの『いつもいつも野の中で』という詩。とても良いので。

引用です。


「いつもいつも野の中で」

 
いつもいつも急いでいたので

ほかの事は何もできなかった

何にそんなに私はいそいでいたのか

考えれば

自分の流れを汲みとる事にばかりいそいでいたのだ

ーーその流れはいつもいつも止まらないのにーー

その上、捨てる事ばかり多かったのにーー

 

たまに野の花を摘んでは挿すほかに

我が住居をきれいに飾ることも

自分を美しく装うこともできないでいた。

 

今はもう時間は手持ち少なく

おお 何がそんなに忙しかった?

もうぢき尽きてしまう私の命

省みれば私と同じかすかな者に

はげましの言葉 贈りたいと

それでどうやら自分をみつめていたのだ

 

今、女の人はみんな元気で

貧しい私の言葉なんていらない?

もっとおいしい物たべたくて

私の作ったものなんか いらない?

いいえ私の求めていたのは

もっともっとすてきなものよ。

私の作った曲がったお芋や、虫くいの豆の中にかくれているのよ。

そうよ、一番いいものはかくれているの。

 

探しあぐねて立っている時

私の足は素足

私の髪は芦の葉のようにざわざわ

私はひとりでに おいしい実のなる林檎の木ではなかったもの。

でも私は小さい紅い玉だけは ささげ持っているのよ

野の風の中で みがかれている時

私は自分の野茨のように珊瑚のように

とても大事にしているのよーー。

 


一番いいものは隠れている、

自分の流れを汲み取る事ばかりいそいでいたのだ、

 

切なくて、とても痛い詩です。

 

いつも、自分の足元をじっくり見ながら、欲張らずにゆっくり、ゆっくり進みたいものですね。