日々の思い

日々の思いを

幸せ体質


f:id:enaena38:20180607111246j:image

 

大丈夫かしらと、そばでみている者としては心配になるような場面でも、すうっと、全てを受け入れる人がいる。

 

みていると、思いのほか、そのような素直な人こそが幸せになっているように思う。

 

疑ってもキリがない。

疑う暇があったら、受け入れて、同化してみたほうが、自分も相手も幸せになるのかもしれない。

 

道端の花々、誰かが種を植えたわけでも、手入れをしている人がいるわけでもないのに、力強く、次々と花が咲く。

野の花の強さに脱帽する。

 


f:id:enaena38:20180607111902j:image

 

尾崎放哉さんの句集を読む。

孤高の俳人。大正15年に41才で、たった一人寂しく死んでいった人。

 

「咳をしても一人」に代表される自由律の俳句は、一度読むと、ずしんと心に残る。

 

現在であれば東大を卒業して、エリートコースを昇っていたはずが、ある日、全てを棄てて、無所有の考えか、一人寺に入り俳句三昧の生活に。

病の治療もせずに、自分の命を自然に任せたような生き方に、自由であったろう、幸せであったろう、苦しかったであろうと思いを馳せ、また、死へのカウントダウンが始まってから、死の前3年間ぐらいに、人の心を打つ素晴らしい俳句を沢山作っていることを知ると、作者の選んだ生き方は最善策だったのかなとも思い。

治療をして、入院して、色々な規律の中で暮らすとすると、命は長らえても、残っているような力強い、さばけた俳句は作れなかったのでは思ったりして。

種田山頭火に並ぶ孤高の俳人、尾崎放哉、

この文庫本は俳句の他に、尾崎放哉の随筆も収録されているので、

なぜ一人暮らしなのか、なぜ、社会から隔絶したかったのかが、よく理解できる。

 

俳句も良いものだなぁと思う。